2008年11月18日、火曜日 @ 14:22:21
· カテゴリ 未分類
12月上旬に筆記サークルの忘年会と要約筆記奉仕員養成講座の説明があって、難聴者協会の忘年会も半ば過ぎ。たぶん、難聴者関連のホームページの動きもないから、次回の更新は12月以降になると思います。だから、今日は長文。
今年は失われた母の介護5年分を取り戻すかのように、いろんな所へ行ったし、手話を覚え、口話を思い出し、ろう者の所でさらに磨きをかけ、コミュニケーションを広げ、いろんな人と会話できたのが嬉しい。来年は、市外へあまり出ず、地元の市で難聴者活動に力を入れようと考えています。だから、県(協会)から市(要約筆記)へ活動の場を移そうと。
本当は要約筆記奉仕員養成講座の講師を断ろうと思ったんですが、会長さんの頼みなら断れない事、それと体験談を経験して、自己を高めようといい機会ではないか。会長さんの元で、難聴者として「エンパワーメント」を身につけようと引き受ける事にしました。終わる頃は常に声が出ているようにしたいし、母の介護で失った、考えてものを言う「力」をもう一度取り戻したい。恥をかいてもいいんで。但し、ここ以外では体験談は言うつもりはないので、生まれた時から現在まで、話そうと思います。今年は立ち直りの時期。来年は難聴者として「エンパワーメント」を身につける時期。健聴者と同等に渡り合えるようにしたい。
それと地元の市内では難聴者の数が少ないんで、探して見ようかと思います。どうやって探すかが問題。体験談では集まらないと昔から思っている。そこで要約筆記もあり、手話を使って難聴者向けのパソコン教室を開いたらどうか。手話も覚えられるし、かつ、技術も身につく。それだったら若い難聴者も来ると思う。また、要約筆記も広まる。講座が終わったら、会長さんに提案しようかと。
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2008年11月17日、月曜日 @ 22:19:07
· カテゴリ 山口県, 要約筆記, 難聴者
地元の要約筆記の手話学習会から帰った所。もう書くネタがないので、しばらく休もうと思っていたら、ナヌ、僕が市要約筆記奉仕員養成講座の講師? 隣の要約筆記のねぇちゃんに筆記で「僕が何をしゃべるの?」と。
ねぇちゃん「体験談」。
僕「いや、話す事、何もないし、恥ずかしい」と逃げる。
ねぇちゃん「会長さんが喜ぶから」。
困ったなぁ。僕が逃げようとしたら、この言葉。けど、体験談は言わないと決めたばかり。この養成講座って、来年1月から3月まで毎週、日曜日、9時~17時との事。中・高校時代で情報保障が無かった際の苦労を中心に述べようかと思う。せっかく要約筆記になろうとしているのだから、下手なのは当たり前。あまり文句を言って止めるのは困る。僕の体験談は地元の市のみ、発表する事にした。言う事もあらかじめ考えておこうと思う。但し、協会関係であっても他の市では発表するつもりはない。
しかし、会長さん以外は手話が下手だし、必要以外の話も加わって、口話も読めず、僕まで途中から疲れて分からなくなるのは困った。そうそう、先日の会議で始まる頃、手話は忘れている。手話通訳士さんの手話を見て、思い出して使えるようになる。普段は一人暮らしだからだろうか。筆記サークルの会長さんから「声を出して」といつも手話で指示してくれるので、練習になる。来年の3月までは常に声を出せるようにしたい。
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2008年11月14日、金曜日 @ 19:07:06
· カテゴリ 未分類
個人ブログなのに、難聴者関連ではよくここまで書くネタがあるなぁと自分で感心しています。今日は地元の手話会があったんですが、まだ手持ちの仕事が終わっておらず、今日までメールに添付して提出しないといけないため、休みました。
明日は役員会議に出ます。これが終わると、難聴者協会の行事が一段落するので、このブログもしばらくお休みします。ホームページを含め、何か動きがあれば、また書き込みします。
別に仕事が忙しいとかではなく、手話も一通り覚えたし、これからやりたい事を整理しようと。ただ、それだけ。そのやりたい事は、仕事だったり、生活だったり、これから、県内に埋もれている難聴者を見つけたいし、要約筆記をもっと広めたいといろいろ。また、近い内に戻ってきます。
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2008年11月14日、金曜日 @ 06:58:11
· カテゴリ 未分類
ここ二週間、どこかウェブ制作会社と組めるような所がないか、いろいろ探して、やっと、電話が取らなくていい、九州の某ウェブ制作会社と組む事ができた。そこはホームページだけでなく、PHP言語などで開発もあるとの事。
僕はSOHOとして、ここ数年やってきたけど、以前と比べて、生き残ったのはわずか。特に僕みたいに電話が取れないのは致命傷。何故なら、向こうから「今まで作ったホームページを見せて下さい」と言うからだ。僕の作ったホームページを見せて、採用するかどうかは向こうが判断する。それは即戦力を意味し、だから電話が取れないのは昔から致命傷。それ故、他のウェブ制作者にない、独自のデザイン・センスをずっと磨いてきた訳。
実は手話をやる人と組んでホームページをやる予定だったが、訳あって無くなった。また、県内のホームページの依頼があってもそれで終わりが多く、電話が取れないって言うのは、向こうにとっては不都合が多いようだ。筆談は面倒くさいから、「聞こえません」と言っても大きな声を出すのか、口を大きく言うだけ。だから、今回のウェブ制作会社は難聴者にも配慮があり、いろいろ仕事を回してくれるとの事で良かった。
増してや、この不景気。今、派遣をやっている方はリストラされるようになると聞き、難聴者は弱者の立場に追いやられる。特に手話や要約筆記を必要とする難聴者は弱い。コミュニケーションが難しいからだ。
その点、ADA法を成立したアメリカは羨ましい。そこは情報保障を配慮してくれるから、健聴者と同等に働けるからだ。日本の場合、聴覚障害者が何故、転職率が高いのか、それは「情報保障」と言うバリアフリーが一つもないからだ。早く、「国連による障害者の権利条約」に批准して欲しい。国内法なんて、批准してしまえば、ガラリと変わざるを得ないからだ。難聴者は情報保障さへあれば、健聴者と同等以上に働ける。
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2008年11月13日、木曜日 @ 11:51:53
· カテゴリ 山口県, 要約筆記, 難聴者
山口県要約筆記やまぐちのホームページにNPOに生まれ変わった「要約筆記しものせき」の紹介を追加しました。

ご覧下さい。→山口県要約筆記やまぐち
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2008年11月12日、水曜日 @ 22:04:50
· カテゴリ 手話, 難聴者
僕は基本的に自分で自分の事をしゃべるタイプではない。だから、自分の体験談をしゃべりたがらない。理由は、僕のやって来た事が正しいのかどうか、今だに分からないからだ。
例えば手話。実は今年の5月から勉強し始めたのだが、何故、今まで覚えなかったかと言われれば、ズバリ、「飯が食えない」からだ。今までずっと、健聴者の会社で働き、手話を使う人がいなかったからだ。しかし、手話は難聴者とコミュニケーションをするには絶対必要だし、覚えたら会話がスムーズに行く。
僕は小学校に入る時、しものせきさんの体験談を言った翌日に思い出した。確か、教育委員会で何か、テストを受けて、面接した記憶がかすかに思い出した。何のテストだったか、定かではない。たぶん、母の事だから、何とか普通の小学校に入れさそうと必死に動いていたのかも知れない。
当時は難聴者協会もなかったし、「障害」に対する差別もあった時代。仕方が無い面もある。小学校2年の時、「ことばの教室」に通った。先生はSさんと言い、鏡、絵文字などを使って、S先生に50音字の正しい発音の仕方、舌を含めた口の動きを徹底的に教えられた。それでも「さ」と「しゃ」、「す」と「しゅ」、「そ」と「しょ」などの違いは大人になっても分からなかった。それと当時は、「を」とか「は」などの助詞の使い方は分からなかった。
結局、口話はちょっと前に通った、ろう者の家で身につけたと言っていいだろう。但し、早口や口を小さく動かす人の読み取りは難しく、手話と一緒に使うのが最も有効。また、口を大きく動かす人でも「いし」、「にし」とかは区別しにくく、手話と一緒に使った方が楽。
ろう者は口をより大きく動かす傾向があるので、手話サークルのベテランの会員さんの口の動きの方が読みやすかった、僕にとっては。ここがろう者とろう者でない、大きな違いがある。
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2008年11月11日、火曜日 @ 17:27:53
· カテゴリ 未分類
母が亡くなったのは昨年の12月初め頃。葬式後はほとんど覚えていなく、寂しかったので、すぐ難聴者協会に入会した。今思えば、母を忘れるくらい、手話に夢中に勉強したのが良かったと思う。
そして、しものせきさんで体験談を言った後、耳で苦労した事をほとんど思い出し、吹っ切れている事が分かった。記念講演で難聴者は苦労しながらも頑張っていると気がつき、これからは「自分」のために人生を歩みたいと思いながら、帰った。
今年はある意味で立ち直りの時期。地元に残る事も決意した。もうすぐ12月。年末から正月の間は全然考えていなかった。家では一人しかいないし、母が死んで、親戚とも疎遠になったので、どこか旅行して見ようかと思っている。まだ、どこに行くか決めていない。
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2008年11月10日、月曜日 @ 18:53:44
· カテゴリ 山口県, 難聴者
土曜日、山口Blog登録したばかり。で、山口Blogの管理画面を見ると、14ポイント。つまり、2日間で見てくれた人が14人。初めて登録したばかりなので、難聴者が見たとは言えないし、どんなブログだろうと見た人が多いのではないか。
こういう部分は地道にやって行くしかいない。でも、要約筆記を広めるためには、難聴者専用のHPではなく、いろんな人が見るローカルサイトを利用した方が良い。その中に難聴者がいる可能性が高いし、もし難聴者であるなら、要約筆記を知らない可能性もある。後、いくつかのローカルサイトを探して、登録して見るつもり。
ところで、NPO法人要約筆記しものせきさんのロゴ。何度見ても非常にいい。これを載せたい所ですが、著作権が分からないので。このロゴを真ん中に置いて、上下左右にボタンを置くか、ロゴを左上にして、右端を関門海峡の橋、もしくはタワーの絵。このロゴを生かすようにしないと勿体ない。
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2008年11月9日、日曜日 @ 20:21:58
· カテゴリ 山口県, 要約筆記, 難聴者
今、帰ったところです。僕が最後から2番目の所で体験談を発表してしまい、予想外。全く、準備していなかったし、何から語れば良いのか分かりませんでした。「交流会」って言うから安心していたのが間違い。結局、大学時代のノートテイク、仮死で生まれた事、母の介護の事を話しました。
体験談を終えて、ある要約筆記さんから「言葉がきれい」と言われた後、思い出しました。小学校2年の時通っていた「言葉の教室」を終えてから、母に毎日、ずっと指導を受けていた記憶が蘇りました。そうそう、幼稚園に入る前から小学校6年までずっと耳鼻科に毎日通っていたのも思い出した。結局、耳は治らないと分かって通うのを止めた。母が亡くなって、思い出したくなかったのか、忘れていたんですね。
ところで、自分の体験談を言う時、緊張し、口話が冴え、手話は一瞬、忘れてしまいました。初めての体験。ろう者の家へずっと通っていた成果が出たように思います。でも、僕はコンピュータならいくらでもしゃべるけど、自分の事を言わないタイプなんで、どうしましょ。
それから、口話と言うより読話と言うべきか、口などを見て、その時の状況、例えば、前の人が子供の頃の話をしていたとか、手話サークルで単語の手話を覚える時に口の動きを覚えているとかで分かる場合があります。僕はやはり、難聴者は家に引きこもらず、苦労してもいいんで、いろんな人と交流すべきだと思います。苦労するって事は努力している事を意味します。その努力が大きければ、人前でも言えるようになると思います。これを「エンパワーメント」と言います。
難聴者協会に入ったら、いろんな人に出会いますよ。そして、自分を大きく変えてくれます。
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2008年11月8日、土曜日 @ 22:19:12
· カテゴリ 難聴者
地元、山口県全般に隠れている難聴者に「要約筆記」をアピールして行こうと、とりあえず、山口Blog 地域情報に当ブログを登録して見た。
このブログから山口県要約筆記やまぐちへリンクして貰えばと思っている。また、クリックが多ければ、難聴者が多いと分かる訳で、次のステップへ繋がる。もし、多ければ、協会さんに調査データとホームページを作った方が良いと提案して見ようと思う。
実はブログを休んでいる間、どうしたら県内にいる難聴者を見つける事ができるかをずっと考えていた。特に岡山大会の第5分科会の「障害者権利条約」に参加して、県内に住む難聴者にアピールできたらなぁと考えていた。
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